海の底から夢を見る

誰かに私を知って欲しかっただけなんです

思い出した痛み

 

誰かを傷つけてしまうことが本当に怖かった。

 

浮気から始まった恋をした。私が彼女を奪ったのだ。

(愛にもいろんな形があっていいでしょ。同性愛をバカにしないでね。)

 

彼女が私に恋愛相談を持ち掛けてきたのが始まりだった。

彼女が4年間付き合っていた彼氏がクソ男すぎて、聞いていて本当に腹が立った。

その子がバイセクシャルだってことは元から知っていた。

だから私は男はクソだと吹聴した。

 

そうして時を重ねるうち、私も彼女もお互いに好意を抱くようになった。

それが友情とは異質であることは、口に出さずとも感じた。

 

そして私たちの関係が始まった。

最初はキスから。優しいキスで、心が溶けていくような気がした。

いけないことはわかっていたけれど、止められなかった。

彼氏から隠れては体を重ねた。何度も交わった。

彼女の体温を全身で感じ、何度も絶頂に達した。

私たちは本当に幸せだった。

 

しかし私は小さな嘘をついていた。

「女の子は君が初めてだよ」

彼女はすごく喜んだ。小さく飛び跳ねたり、とても愛おしいと思った。

ただ、どこか胸の奥で刺すような痛みが走った気がした。

 

 

体だけの関係も慣れてしまったある日、私たちは何となく飲みに出かけた。

お互いお酒も周り、饒舌になった頃、彼女は私に言った。

「棗ちゃん、女の子の経験なかったんだねー。私は勿論あるけど」

 

その時の私はなぜか反論したくなってしまった。

私も初めてではなかったから。だから言ってしまった。

私はいつしか自分のついた小さな嘘が苦しくなっていた。

喜んでいたあの姿を思い出すたびに、心が絞られる感覚に苛まれた。

 

これはただの懺悔。私は自分を許したくて真実を口にした。

1度ついてしまった嘘は、貫き通さないと必ず相手を傷付けてしまう。

嘘を吐いた人間にはその責任がある。

ただ、貫き通したとしても、自分の心は苦しみ続けるだろう。

 

嘘は小さくても、誰かの心を必ず傷付けるものだ。

 

私は私を守ってしまった。

気丈な笑顔で話していた彼女は、静かに泣いた。

周りの喧騒がやけに大きくきこえて、時間が伸びていく感覚。

視界が歪み、彼女のすすり泣く声にハッとする。

私はこの愛を壊してしまったんだ。

 

胸の痛みが大きくなった。思い出した。人を傷つけてしまうことの罪を。

一度ひびの入った愛は、どれだけ小さくともそこから壊れゆく。

柱を1本失った橋が自重で崩れてしまうように。

いままでの愛はもう私たちには重すぎた。

 

ちいさな綻びはいつか大きな間違いを生む。

私たちはその後もしばらく関係を続けたが、

今までのように愛されることはなかった。

愛してるという言葉も、中身のない空虚なものに感じた。

 

私は愛が目減りしていくようで、耐えられなくなって逃げだした。

彼女は私を引き止めた。私を許していた。泣きながら何度も訴えた。

愛しているから、お願いだから一人にしないで。

けれど、私は私を許せなかった。

だから彼女の人生から隠れることを選んだ。

 

私はその夜、声を上げて泣いた。

これは春の夜の夢だと、幻想だと言い聞かせた。

だが、バカな脳を騙すには彼女と私は愛し合いすぎた。

本当に大好きだった。さよなら、命を分け合った君。

涙はとまらず、心が裂けた。

 

孤独の中で君を叫び、泣き続けた。

黒く塗りつぶされた空が白んで、面白くない朝日が私を照らすまで。

 

 

 

 

f:id:ks_77nnn:20201211132552j:image